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Archive for the ‘未分類’ Category

東公園は古戦場後

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次のポイントに向かう前にちょっと寄り道して「松原水」へ。
松原水は、千代東公園の中にある大正天皇ゆかりの井戸です。
案内板を要約すると、明治初期の、まだ井戸水を利用していたころ
博多部の井戸は水質に恵まれず、そのため飲料水は当時の那珂郡千代部一帯の
現在の博多区千代付近に続く松林(千代松原)の砂地から汲む
井戸水を運んでまかなわれていたそうです。
人が住み始めて水質が悪化して使えなくなったため
福岡市主導で東公園のこの場所に井戸が掘られたとのこと。
松原水は甘露のような味で大変美味しかったそうです。

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ポイント②の十日恵比須神社に到着しました。
みなさんご存知の十日恵比須神社
福岡の事務所では猿田彦神社の猿面と並んで見かける率の多い
商売繁盛のえびす様と縁結びのだいこく様を祀る東公園のすぐ横の神社です。
手水舎は松原水と同じ地の井戸水を使用しているそうです。
毎年1月8日~11日に行われる「正月大祭」が有名で、
商売繁盛や家内安全の御利益を授かるために多くの参拝者が訪れます。
境内では空くじなしの福引が売られていて、福笹とともに縁起物などが当たります。
今年は例年とは異なり規模を大幅に縮小した開催ということで
残念ながら露店の出店や大祭期間中の福引きは中止となりましたが
1月末までは福笹なしの福引をされていて
大きな縁起物を持たれた方を見かけしました。

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次のポイントがある東公園の説明書きによれば
文永の役で元軍と激戦が展開された古戦場跡で
かつては博多湾に面する千代の松原として知られた名所であったそうです。
文永の役は元寇の1度目なので1274年
今では松原も無くて、目の前の公園からイメージするのはもう難しいですね。

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ポイント③は、この元寇にちなんで建立された「亀山上皇銅像」
福岡県指定文化財です。

説明書きによれば13世紀後半の元軍の来週の際に
敵国の降伏を祈願された故事を記念して
福岡県警務部長(現在の警察署長)だった湯地丈雄等の十七年有余の尽力により
明治三十七年、元寇ゆかりのこの地に建立されたとのことです。
衣冠束帯の直立像の高さは、およそ4.8メートルあって
東公園の小高い丘の上に海に向かって立っているので遠くからでも目立ちます。
みなさんも見かけたことがあるのでは?

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上まで登ってちょっと一息
後から訪ねる筥崎宮の山門にもある「敵国降伏」の文字があります。
東公園が一望できて、風も心地いいです。

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東公園の端にあるポイント⑤は日蓮上人立像
「亀山上皇銅像」と並ぶ公園の象徴的な銅像で市指定の文化財です。

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明治37(1904)年の完成で製作を引き受けたのは岡倉天心
目力を感じる像の高さは10.6mで
奈良の大仏、鎌倉の大仏に次いで、国内第三位の巨大な銅像です。

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入口の横にはポイント④の元寇資料館があります。
文永の役・弘安の役と二度に及ぶ蒙古襲来に関する両国の武具や元寇絵などを展示していて
明治37年に現在の東公園の中に元寇記念館としてつくられたとのこと。
昭和61年に改築して、元寇史料館として一般公開しているのですが
閲覧は予約制で事前に電話予約が必要だそうです。

 

博多のまちをかんじる、歴史探訪コース

空気は冷たいけれど歩くとちょうどいい感じということで
千代県庁口駅を出発して、箱崎九大前駅まで
いろんなお寺や神社を巡る「遺跡と寺社歴史探訪コース」
全長3.8kmのコースに行ってきました!

千代から箱崎の周辺には、お寺や神社、遺跡が多くて
博多の歴史も感じる事ができますよ~。
見どころのポイントはたくさんあるのですが
まずは、千代県庁口駅からスタートです。

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今日は寒さが緩んで穏やかな空が広がっています。
千代県庁口駅の3番出口を出て右に曲がると
すぐにポイント①の「崇福寺」に到着しました。
こちらは、臨済宗大徳寺派の寺院で山号は横岳山。
当初は大宰府にあったものを、黒田長政が筑前の藩主になると
現在の千代町に移転させたそうです。
崇福寺は福岡藩主・黒田家の菩提寺で
黒田官兵衛・長政親子の墓所もありますが
参拝にはお寺の許可が必要です。

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こちらが福岡城の本丸表御門を移築した山門
福岡県の有形文化財として指定されています。
後嵯峨天皇より下賜された勅額には「西都法窟」の文字
山門の内には木造如意輪観音象や、黒田如水の肖像画
十字架が刻まれた築城当時の瓦等が展示されているそうですが
通常は入ることができません。

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境内はとても広いので順に巡ります。
山門の横にある「旭地蔵尊」たくさんのお地蔵さんが並んでいました。
稲荷神社もあります。

旭地蔵尊は、太宰府にあったものを江戸時代の崇福寺の移転の際に
共に移されたもので日切地蔵とも呼ばれていて
願掛けのお地蔵さんとしてお参りに訪れる人が多く
百度参りの地としても有名なのだそうです。

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本堂の手前には崇福寺の塔頭寺院「心宗庵」と
威厳を感じさせる禅堂

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名島城の遺構と伝えられる県指定文化財の唐門を過ぎて
塀沿いに進むと、黒田家墓所のある「籐水門」です。

最初から見どころ満載ですが
ここでほっとひと休み。

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山門の右手にある老舗の和菓子屋さん。
とてもおいしそうな匂いがしています。
お店の中でも食べることができますが、官兵衛饅頭なるものもあります。
お参りの帰りにお土産として買うのもいいですね~。

ゴールの唐人町駅は目の前

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妙安寺の手前はポイント⑧吉祥寺です。
曹洞宗の寺院で山号は天龍山
山門は古く、桃山時代の作ではないかと言われていたそうですが
新しく建立されています。
禅宗のお寺なので本堂も他のお寺と違って見えます。

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こちらの観音像はキリっとしてますね~

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吉祥寺の少し先にはポイント⑨成道寺があります。
山号は八相山。

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山門を過ぎて左手に「八兵衛地蔵」というお地蔵様が・・・
唐人町の人々が、供養のために建てたのが「八兵衛地蔵」です。
今日では「消防の守り地蔵」とあがめられ、市内各地域の消防団が参拝に来られているそうです。

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成道寺のすぐ南側が浄土真宗 瑞雲山 善龍寺
唐人町商店街の西口を出た正面に山門が見えます。
楼門は重みのある立派な構えで
扁額の「瑞雲」は、唐人町に開設された藩校・甘棠館の学長を務めた
亀井南冥(かめいなんめい)の書と伝えられているそうです。
「瑞」とは吉兆のことで、「瑞雲」とは、おめでたい事の前兆として現れる雲なのだそう
下から眺めているだけで良いことが起こりそうな気がしてきます。

これで終了!と思っていたら
善龍寺の横道を通って、通称「ホークスとうじん通り」沿いの
善龍寺の裏側辺りに「ヤクルト創業の地碑」がありました。

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京都大学で微生物の研究をしていたヤクルトの創業者がヤクルト菌を発見して
昭和10年に唐人町で「代田保護菌研究所」を立ち上げ
ヤクルトの製造・販売を開始したそうです。ビックリですね!
ちなみに、横にはヤクルトの自動販売機がありますが
あのヤクルトはありませんでした。

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横道にそれてしまいましたが
無事に唐人町駅に到着しました!
おつかれさまでした。
商店街で糖分を補給しなくちゃですね~。

観音様から学問所跡へ

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大佛大圓寺の少し先にあるポイント⑤正光寺に到着しました。
浄土宗のお寺で山門の扁額に金壽山、寺号は正光寺(しょうこうじ)
境内には、インド仏跡・浄砂利蓮台石・お堂、地蔵の線刻された石があります。

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こちらが友情観音像

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こちらは、インド仏跡・浄砂利蓮台石。後ろは菩提樹です。
白蓮の咲く池があるそうなのですが、見逃しました~残念!

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正光寺から次のポイントに向かう途中に
赤い鳥居の神社がありますが、社名は「八橋神社」です。
江戸時代中期に伏見稲荷神社より勧請され
鳥飼八幡宮境内に鎮座していて、明治時代にこの地に移転して来たようです。

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実は八橋神社の場所にあったのが
ポイント⑥西学問所 甘棠館(かんとうかん)跡です。
現在ではお隣の駐車場の前に説明書きがあるのみですが
読んでみると、江戸時代は黒田藩の藩校であったそうです。
黒田福岡藩は同時に二つの藩校を開校して、
一つは東学問所修猷館、そして西学問所が甘棠館です。
修猷館はお城の上ノ橋門前(現三井住友海上ビル)にあって
ご存知のように、現在は西新に移転。両校はライバルで
甘棠館は学長を務めた儒学者・亀井南冥(かめいなんめい)の自宅があった
唐人町に開校し、徳川幕府が朱子学を基本とする
「寛政異学の禁」を発令したことにより
寛政2年(1790年)廃校となったようです。

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甘棠館跡をホークスとうじん通りに向かって手前を曲がると
ポイント⑦妙安寺に到着しました。
こちらは日蓮宗の寺院です。
山門の扁額には海福山
昔、境内には清正公を祀った清正堂があったそうですが現在はないそうです。
妙安寺は唐人町の寺院が集まっている所に伽藍を構えていて
近くには、天龍山 吉祥寺・八相山 成道寺などがあります。

歴史を感じる八寺巡りの始まり

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黒門川通りの道沿いにあるポイント②浄慶寺に到着!
真宗大谷派の寺院です。
山門は建替えられて清々しい雰囲気です。
浄慶寺は、1591年に豊後国大友家家臣の大塚右京により
現在の福岡市西区今津に建立されたことに始まる寺院です。
1649年に現在の唐人町に移ったとのことですが
立派な松は当時からのものでしょうか。

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少し先にあるのがポイント③妙法寺
通り沿いに山門があって仁王様が堂々としています。
こちらでは、寺院としての施設を生かして
コンサートや英会話教室、茶道教室なども開いていて地域交流も盛んなようです。
妙法寺は筑前福岡藩二代藩主黒田忠之公より拝受された日蓮宗のお寺です。
山号は啓運山、寺号は妙法寺。
「啓運山」は、運を啓くという意味があり
商売繁盛を願う博多の人々も多いようです。
こちらのお寺では境内でゲンジボタルの繁殖に取り組んでいるようで
寺院の中の小川には毎夏ホタルが舞うそうです。

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裏側の素敵な石畳みの先には寺カフェもあるので
夏には、もう一度訪れてみたいです。

黒門川通りから裏の通りに入り、
ポイント④浄土宗鏡智山慈眼院 大佛大圓寺に向かいます。
大圓寺は平安時代中期に早良郡で天台宗として創建され
二代藩主黒田忠之公の時に援助を受け、この地に移転しました。

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こちらの大圓寺は福岡県初の木造五重塔(高さ26.52m)として、
平成7年(1995年)に建立されましたが
あいにくと改修工事中で見ることができませんでした。
本堂の向こうに一番上の部分が少し見えました。

八寺巡りはまだまだ続きます・・・

風情たっぷり お寺めぐりコース

朝晩は冷え込んで、昼間も寒くなってきました。
冬物のアイテムで寒さ対策をシッカリしながら
ウォーキングでココロもカラダも暖まりましょう。
ということで、今回は大濠公園駅を出発して唐人町駅まで
師走の唐人町をぐるっと一周する
風情たっぷりのお寺めぐりコース」のウォーキングです。

江戸時代の唐人町は、唐津街道脇の賑わいから生まれた商店街。
足軽が多く住んでいた下町の風情や寺町など
福岡城下で暮らした武士や町人の歴史、文化を見ることができます。
福岡藩が海からの敵に備えて建てたといわれる
お寺を回る「唐人町界隈八寺巡り」もお勧めですよ~。

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スタートは大濠公園駅
駅のシンボルマークは公園に多く植えられている「桜」の花
副駅名が「福岡市美術館口」なので
コンコースの装飾には美術館のコレクションが使われています。
こちらのコレクションの鑑賞もおすすめですが
今日は大濠公園側ではなくて、大濠公園駅の1番出口を出て
明治通り沿いに黒門橋まで歩きます。

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黒門橋の交差点を曲がるとすぐに目がつくのが
こちらの黒門をイメージしたモニュメント。
江戸時代には現在の黒門通りが福岡城の外堀で
当時の黒門は、城下の出入りを管理する出入口だったそうです。
そういえば、黒門橋の南側には黒門川が流れていますが
北側は黒門通りになって、川は地下を流れています。
黒門川通りには唐人町側のみ公園水路が流れていて
こちらの唐人町側の公園水路は、2007年度の福岡市都市景観賞を受賞しました。
この通りは歩いていて、とても気分が安らぎますね~。

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少し先が商店街の入り口ですが、唐津街道沿いは、現在、唐人町商店街です。
商店街そのものが唐津街道なのだそうです。
入口近くには創業が享保2年(1717年)の伝統を受け継いだ老舗のお店があります。
こちらは黒田家御用達のお店で、
「黒田家御用達 御菓子司」の看板を見ることができます。
あの黒田節で有名な母里太兵衛が呑みほした大盃から考案された
「黒田武士煎餅」はお土産にインパクト大です。

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黒門川通りに戻って
水路沿いにまっすぐよかトピア通りに進むと

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当仁小学校の手前にポイント①せせらぎがっぱ。
この「せせらぎがっぱ」はしっかりとマスクをしています。
ちょっと分かりにくいですが、説明書きにあるように
お父さんは「徳利」、お母さんは「魚」を子どもは「夢」を持っていると言われています。

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少し先の通りには、十二支の方角と時刻が道路に埋め込まれていました。
あの、恵方巻で使われる方角と時刻が分かるようになっていますが
一日を12分して名付けられています。
お昼を正午というのは、ぴったり午(うま)の刻という意味なのだそうです。

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さらに、水路をたどっていくと道路の反対側にある「簗所(やなしょ)跡」に到着します。
黒門川の水は一か所だけ地上に出ている場所があって、その場所が「簗所跡」です。
跡といっても、何も残ってはいませんが
説明によると、江戸時代の中頃、黒田藩が魚を生け捕る仕掛けをした簗所をおいて、
漁をしていた跡なのだそうです。
この先、黒門川の水は博多湾へ向かいます。
少し寄り道をしましたが
次からは、いよいよ八寺を巡りますよ~。

イチオシ!360度の眺め

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平尾山荘を後にして
浄水緑地を福岡市動植物園のある南公園の
ポイント③「南公園西展望台」に向かいます。

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登り坂が続きますが、江戸時代にこの展望台がある小高い一帯は
大休山(おおやすみやま)と呼ばれてたそうで
那珂郡や早良郡から福岡城下に入るための峠道があり
山の途中、人々が荷物を降ろし、弁当でも広げて大休みをしたことから
その名前が付けられたらしいですよ~。

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こちらが南公園西展望台

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ウワサの展望台からの眺め
真正面には博多湾や福岡タワーなどの都心部が見渡せますよ~。

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展望台から少し下に下るとポイント④餓人地蔵があります。
こちらは、享保の大飢饉の際に福岡藩によって荒戸浜で粥の炊き出しが施された折りに
那珂郡方面から長尾道を伝って来た多くの飢餓者が
炊き出し場を目前にして行き倒れたそうです。
市内各地には餓死者を供養するために建立された飢人地蔵が建てられていますが
こちらの小道の傍らにひっそりと立つ餓人地蔵は
峠道を越えようとした人たちが力尽きた場所とのことで
毎年4月4日には、地元の人たちが、地蔵の前に祭壇を設け
飢人地蔵祭りを行っているそうです。

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ポイント⑤は中山記念碑
「中山」とは、辛亥革命を指導した孫文の来日亡命時の日本名で
福岡で頭山満や玄洋社を訪れた孫文の生誕百周年を記念して
昭和40年に建立されたそうです。
ここからは一気に下り坂

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桜坂駅に到着!
とても、うるおいとやすらぎに癒されたウォーキングになりました~。
おつかれさまでした。

 

 

平尾山荘ゆかりの山荘通

松風園の前の通りを南に向かうと、そこは山荘通り。
ポイント②の平尾山荘の近くが山荘通りですが
こちらは旧町名が残る場所としてよく知られています。

実は、山荘通りは3丁目しかないのです。
少し調べてみると・・・
住居表示で、山荘通一丁目、二丁目は
平尾二丁目~五丁目に変更になったそうです。
その際に、地元にある「平尾山荘」とゆかりがある
「山荘通」という町名を残したいという要望もあり
そのままになったそうです。

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こちらが平尾5丁目にある「平尾山荘」です。
説明書きを読むと、幕末期の歌人、野村望東尼(のむらもとに、のむらぼうとうに)
の旧宅であった場所で福岡の勤王思想を持つ藩士と関わりを持ち
あの、高杉晋作も長州藩の内で立場が危うくなった時に
ここに逃げてきて一時滞在したと言われています。
幕末当時の周囲は何もない山の中で
隠れ家としては最適な場所だったのだそうです。

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こちらが室内です。
炉が切ってありますが
萩の松下村塾と同じくらいの大きさでしょうか
「望姫島」の額が見えます。

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野村望東尼は福岡藩の攘夷派弾圧の政策により
糸島半島沖の姫島に流罪になったそうです。
その後、望東尼は島から高杉晋作が差し向けた
藩士らによって救われ下関に匿われることになりますが
高杉の最後を看取ることになります。
高杉の辞世の句では、晋作が「面白き こともなき世を 面白く」と詠むと
望東尼はそれにつづけて 「住みなすものは心なりけり」 と詠み
晋作が「おもしろいのう」と言ったとされています。

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山荘の裏手には「雨待の滝」の名残りの井戸という井戸があり
今でも涸れることなく湧き出ているそうです。

日本の歴史と文化につつまれて一服

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山荘通りに抜ける途中にあるポイント①松風園に到着しました。
松風園は、福岡を代表する百貨店であった「福岡玉屋」の創業者の邸宅があった場所で
跡地を整備して文化施設として2007年に公開されたそうです。

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駐車場の横にはエレベーターもあるのですが
階段を登って受付をすました後に野点広場に向かいます。

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紅葉にはもう少しというところですが
庭の左には樹齢百年を超える
シンボルのイロハモミジが少しだけ色づいていました。
野点広場は野外でお茶をたてる場所ということなので

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広々とした敷地内にある日本庭園には茶室が建っています。
実際に茶道を体験することができるとのことで
季節に合わせた行事や茶会も行なわれるそうです。

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こちらが織部灯篭(おりべとうろう)
有名な茶人古田織部が考案した石灯篭です。
灯篭の下には聖母マリアの彫り物があって、キリスト教徒が
隠れて拝んでいたというエピソードがあるそうです。

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抹茶で一服した後は
山荘通りにあるポイント②の平尾山荘に向かいます。

癒しのスポットを巡る「浄水通りコース」

福岡市民憧れの浄水通り。
ゆるやかな坂が続く周辺には、教会やレストラン
洋菓子店やフラワーショップなどがあって
秋の日のウォーキングにぴったりのコースです。
七隈線の薬院大通り駅2番で入口をスタートして浄水通りから
山荘通り、南公園を巡る桜坂駅までの全長3.8kmの浄水通りコースを巡ります。
福岡タワーまで見渡せる展望台や
癒しのスポットもあるので、期待がふくらみますね~。

浄水通りという名称は、通りの先にあった福岡市初の
平尾浄水場に由来しているそうです。
現在は福岡市植物園になっています。

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スタートは薬院大通駅、実は副駅名が動植物園口になっていて
駅から動物の装飾が楽しめるようになっています。

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こちらは階段の長さを活かしたキリン

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反対側にはゾウもいます

薬院大通駅を出て浄水通りを南に向かって歩きます。
この浄水通りのある薬院の地名は以外と古くて
吉備真備(奈良時代の遣唐使・きびのまきび)が太宰府に赴任した際に
この辺りに薬草園を開いて
施薬院(薬草を使って治療をするところ)をつくったことに由来する地名で
江戸時代には多くの医師が住んでいたことに由来するそうです。

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浄水通りを歩いていくと、
次のポイントがある山荘通り方面に向かうサインがありました。